ドンムアン空港

tana

2006年10月01日 00:13

しばらく沖縄にうつつを抜かしている間に、タイではクーデターが起こり、新空港のスワンナプーム空港が開港したようです。(別にクーデターが起こったから新空港が開港したわけじゃないけどね)
ということは、慣れ親しんできたドンムアン空港に着陸することももう無いのか・・・
私とドンムアン空港の出会いは、もう7年も前になる。



1999年2月。私は生まれて初めてタイ・ドンムアン空港に着いた。
初日の夜はファランホーン駅の近くのホテルを予約していたので、バンコク市内までは鉄道で行こうと思っていた。
空港駅のドンムアン駅に向かった。

しかし、初めてのドンムアン空港では、空港から駅への行き方がわからないという、タイでの最初の試練を受けることとなろうとは。
3階の出国ターミナルから出ればいいのか、1階の入国ターミナルから出ればいいのか、はたまたターミナル1なのかターミナル2なのか、どこへいっても駅の姿など見えない。そんなわけで1時間くらい空港内をうろうろしていた。
しばし、途方に暮れていた。
周りの人に聞こうと思ったが、「タイ人は英語を理解しない」と出発前に読んだ本に書かれていたため、近くにいた空港職員に聞くときも「ステーション、ホエァー?」と簡単な英語を繰り返し必死になって聞くも、これでも私の発音が流暢だったのか、窓口のタイ人は「あっち、まっすぐ」とたどたどしい英語で言うだけで全く要領を得ない。これだから英語のわからないタイ人は困る。

うろついていて偶然、本当に偶然「RAILWAYSTATION」という小さい看板を発見した。
こんなんわかるかーというような小さな看板だった。
怪しい通路を抜け、駅へ抜ける。

駅に着くと、ホームには人が百万人くらいいた。これがみんなバンコクに行くのか?
ホームへ行くと、駅員さんがこっちがバンコクだという感じで手招きしている。
カタコトの日本語で話しかけられ、タイ語もすこし教わる。
タイに来て初めて緊張が解けた瞬間となった・・・

列車が来た。昔日本で使ってたような車両がやってきた。が、列車に乗ったのは私を含めて数人くらい。結局他の百万人は何だったのか。やっぱり私のことを国賓だと思って見送りに来てたエキストラなのかもしれない。やはりタイに来ると人間の本当の実力が発揮されるものだろう。
ただ解せないのが一つ、国賓なら、ドンムアン駅まで案内があってもいいようなものだ。
ついでに、国賓と思っているなら市内まで車の迎えがあってもいいようなものだが・・・
今考えるとホームにいた人たちはホームレス(ギャグではない。)だったのではと思われる。

ファランホーン駅まで約40分。
駅のアナウンスはもちろんタイ語だが、なんとなく聞いてて心地よかった。
車窓からの景色は、大都会バンコクの裏の顔。いろんなにおいが入ってくる。
食べ物、香辛料とかココナッツミルクとか、生ゴミ、排気ガスそれがブレンドされ、ほこりっぽい空気に混じって車内に入ってくる。
生活感溢れる姿が見え、いきなりバンコクのディープなところに入り込んだみたいだ。

これが私の2ヵ国目、タイ王国到着の夜のことだった。


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その後、ドンムアン空港にはネパールやラオスへ行くためのトランジットとして数回使用した。そんなわけで今となっては現地人のようにさっそうと駅でもバス停でもどこでも行け、当時のようにまごついたりすることはない(はずだ)。
しかしである。
このように知らないところが身近な場所になり、さっそうとズカズカ歩いていくことそのものが、旅の醍醐味の一つを奪ってしまったのかもしれない。

この道の先に何があるかわからない。
知らない土地でまごつきながらも、地図と知恵と勘を頼りに道を切り開いていく。
けっきょくそれが楽しいから、旅に出たんだし、これからも出るんだろう。

新しい空港、新しい街、新しい環境、そして新しい一日を私はこれからも切り開いていくんだろう。
地図と知恵と勘を頼りに。

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