2008年08月18日
伊是名伊平屋とメガネ三兄弟(+従兄弟)
メガネ三兄弟+従兄弟(長男:藤岡琢也、次男:仲本工事、三男:邪悪なムーミン、従兄弟:私)と、今度の旅の目的地、沖縄県の北端にある伊是名島伊平屋島との出会いは今から3年前、2005年4月までに遡る。
2005年4月のとある日、広島市内の沖縄料理店「うちなー」で伊是名島出身の「ERRY&CHIHARU(当時はIZENAというユニット名)」ライブがあった。そこに長男次男とともに行ったことからそれは始まった。
ライブ終了後、いつのまにか我々と彼女らの即興コンパが始まり、「パイナップルツアーズに出てた」とか「信号がひとつしかない」とかいろいろ伊是名の話で盛り上がった。いつかこのユニットがキロロみたいに有名になったら、私は「彼女らと30cmの距離のところで飲んだことがある」と孫の代まで言い続けるつもりだった。
その年の9月は「ナビィ」のロケ地を探しに粟国島に行ったりしたものの、結局この一夜のことが忘れられなかったのか「次の離島の旅は伊是名に行こう」という結論に至り、その1年後、計画は決行される。
06.09伊是名へ?
2006年9月、初の伊是名伊平屋上陸を目指すも、超大型台風サンサンに行く手をさえぎられる。
我々は急遽取った本部の宿で台風情報を肴にひたすら飲む。台風が通り過ぎた後も島には渡れず、結果長男は清末隊慰霊碑を探すわ、次男は安波節記念碑を探すわ、本部半島&やんばるを本能のままに突き進む旅となってしまった。
07.02リベンジ伊是名
2007年2月、前年のリベンジを果たすため、長男・次男・F、そして私の最強メンバーで伊是名初上陸を目指す。
しかし今度は沖縄本島にさえ渡れないのではという危機に直面。なんとか沖縄本島に上陸するも、長男は怪しげな古本屋に目を奪われ、次男は真栄原社交街に目を奪われ、三男Fは道行く雨に濡れた女子高生に目を奪われ大変だった。
そして辿り着いたシーズンオフの伊是名島にはマニアが大集結。マニアオブマニアが生まれた一夜となった。
*************************
以上、無事、伊是名島に上陸を果たしリベンジを果たしたように見えるものの、単に台風のこないシーズンを選んで上陸したにすぎず、やはり本場の台風シーズンに上陸しなければ真のリベンジを果たしたとは言えないのではないか。加えてもうひとつの伊平屋島にはまだ上陸できてないという事実があったことも忘れていた。
そんなわけでこの9月、伊是名伊平屋へ真のリベンジを果たすため、我々は三度旅立つ。
そしてそのメンバーが決まった。
長男、次男、私、妻、そして妻の職場の後輩のIさん。彼女は初参加である。
先日、長男邸で事前学習会が行われ、私の妻はいつものように早々に寝てしまったが、夜が更け「パイナップルツアーズ」上映会がはじまりIさんも最後まで見て帰ったという話を次の朝みんなでしてると、妻の反応は「Iさん、かわいそうに」だった。
何が「かわいそうに」なのかは謎である。
伊平屋の民宿は野甫島の民宿「のほ」に決まった。海が目の前という民宿である。
20日 8:10広島空港発→10:00那覇空港着→次男出迎え一気に北部に→昼はあさひ?→15:00運天港発→(フェリー)→伊平屋・民宿のほ泊
21日 伊平屋→伊是名・民宿ときわ泊
22日 伊是名→(フェリー)→運天港→本部・ペンションビセザキ泊
23日 ちゅらうみ→あとは適当に那覇へ→18:10那覇空港発→20:00広島空港着
行程もだいたい決まった。あとは台風と次男の二日酔いが来ないことを祈るだけである。
2005年4月のとある日、広島市内の沖縄料理店「うちなー」で伊是名島出身の「ERRY&CHIHARU(当時はIZENAというユニット名)」ライブがあった。そこに長男次男とともに行ったことからそれは始まった。
ライブ終了後、いつのまにか我々と彼女らの即興コンパが始まり、「パイナップルツアーズに出てた」とか「信号がひとつしかない」とかいろいろ伊是名の話で盛り上がった。いつかこのユニットがキロロみたいに有名になったら、私は「彼女らと30cmの距離のところで飲んだことがある」と孫の代まで言い続けるつもりだった。
その年の9月は「ナビィ」のロケ地を探しに粟国島に行ったりしたものの、結局この一夜のことが忘れられなかったのか「次の離島の旅は伊是名に行こう」という結論に至り、その1年後、計画は決行される。
06.09伊是名へ?
2006年9月、初の伊是名伊平屋上陸を目指すも、超大型台風サンサンに行く手をさえぎられる。
我々は急遽取った本部の宿で台風情報を肴にひたすら飲む。台風が通り過ぎた後も島には渡れず、結果長男は清末隊慰霊碑を探すわ、次男は安波節記念碑を探すわ、本部半島&やんばるを本能のままに突き進む旅となってしまった。
07.02リベンジ伊是名
2007年2月、前年のリベンジを果たすため、長男・次男・F、そして私の最強メンバーで伊是名初上陸を目指す。
しかし今度は沖縄本島にさえ渡れないのではという危機に直面。なんとか沖縄本島に上陸するも、長男は怪しげな古本屋に目を奪われ、次男は真栄原社交街に目を奪われ、三男Fは道行く雨に濡れた女子高生に目を奪われ大変だった。
そして辿り着いたシーズンオフの伊是名島にはマニアが大集結。マニアオブマニアが生まれた一夜となった。
*************************
以上、無事、伊是名島に上陸を果たしリベンジを果たしたように見えるものの、単に台風のこないシーズンを選んで上陸したにすぎず、やはり本場の台風シーズンに上陸しなければ真のリベンジを果たしたとは言えないのではないか。加えてもうひとつの伊平屋島にはまだ上陸できてないという事実があったことも忘れていた。
そんなわけでこの9月、伊是名伊平屋へ真のリベンジを果たすため、我々は三度旅立つ。
そしてそのメンバーが決まった。
長男、次男、私、妻、そして妻の職場の後輩のIさん。彼女は初参加である。
先日、長男邸で事前学習会が行われ、私の妻はいつものように早々に寝てしまったが、夜が更け「パイナップルツアーズ」上映会がはじまりIさんも最後まで見て帰ったという話を次の朝みんなでしてると、妻の反応は「Iさん、かわいそうに」だった。
何が「かわいそうに」なのかは謎である。
伊平屋の民宿は野甫島の民宿「のほ」に決まった。海が目の前という民宿である。
20日 8:10広島空港発→10:00那覇空港着→次男出迎え一気に北部に→昼はあさひ?→15:00運天港発→(フェリー)→伊平屋・民宿のほ泊
21日 伊平屋→伊是名・民宿ときわ泊
22日 伊是名→(フェリー)→運天港→本部・ペンションビセザキ泊
23日 ちゅらうみ→あとは適当に那覇へ→18:10那覇空港発→20:00広島空港着
行程もだいたい決まった。あとは台風と次男の二日酔いが来ないことを祈るだけである。
2008年08月11日
9月の伊是名島へ向けて
9月の伊是名ツアー、当初の行程は20日ビセザキ→21日伊平屋→22日伊是名の順番だったが、
20日のビセザキが予約がいっぱいで22日泊に急遽変更となったため、結果、行程は以下のとおりとなりました。
20日 8:10広島空港発→10:00那覇空港着→15:00運天港発→(フェリー)→伊平屋
21日 伊平屋→伊是名
22日 伊是名→(フェリー)→運天港→本部・ビセザキ
23日 ビセザキ→18:10那覇空港発→20:00広島空港着
初日、夕方までにビセザキに着けばよかったのが、15時前までに運天港に着かないといけなくなった。そこで時間のロスを減らすため前日から沖縄入りしている次男に白羽の矢が当たった。次男には朝一でレンタカーを借りてもらい、そのまま那覇空港へ旅行会社の格好をして送迎に来てもらうという重要な役柄が与えられた。
ぜひとも二日酔いにだけは気をつけてもらいたい。
伊是名での宿(ときわ)もつつがなく押さえ、あとは伊平屋での宿をどうするかであるが、ただ行程が変わり伊平屋滞在時間も短くなったので伊平屋自体に行くかどうかも決めないといけない。
そんなわけで今週末の15日、「パイナップルツアーズ」観ながらの事前学習会を兼ねた打ち合わせ(と称した飲み)がいつものように長男邸で行われる。ちょうど旧盆でもあり、旧盆らしい儀式も行われるのではないかと予想されるがどうなることやら。
何はともあれ、台風が来ないことを祈ろう。
2008年08月06日
8月6日
今年は通勤途中だったため車の中でラジオを聴きながら、信号停車中に5秒の黙祷・・・

事実を知り、事実と向き合うこと
ただ単に受け入れるというわけではなく
身近な人が今日もしっかり生きていること
すべてをひっくるめて、明日もしっかり生きていこうとすること
今日も明日もあさっても、ずっと生きていけるために
私は、これまで生きていて今ほど、「今日、ここで突然、死ぬわけにはいかない」と強く思ったことはないです。
これはきっと誰だってそうなんだろうけど。
(写真は3年前のドーム前での夕景でした)
事実を知り、事実と向き合うこと
ただ単に受け入れるというわけではなく
身近な人が今日もしっかり生きていること
すべてをひっくるめて、明日もしっかり生きていこうとすること
今日も明日もあさっても、ずっと生きていけるために
私は、これまで生きていて今ほど、「今日、ここで突然、死ぬわけにはいかない」と強く思ったことはないです。
これはきっと誰だってそうなんだろうけど。
(写真は3年前のドーム前での夕景でした)
2008年08月01日
姫率高し
今日は1ヶ月に1回の検診だった。
妻のつわりは一時期に比べるとかなり落ち着いている。一般に言う「つわり」という期間は終わったのだろうが、時々気分が悪く晩飯が食べられないときがある。
原因は? どうも食べ過ぎたり、また消化の悪いもの食べたりすると吐き気で気分悪くなるようだ。
先週も妻の両親とソレイユでバイキングに出かけ、元をとろうとちょっとずつでも全品食べてしまうものだから、その夜は一晩中うなっていた。少し前にも「ブルーベリー狩りに行きたい」と2~3日ずっと隣で言ってるので(もちろん妻が)平田観光農園に行きブルーベリーとかプラムや桃をたらふく食べた。たしかに桃は熟していて美味かったのを思い出した。そしてその後妻は大変だったことも思い出した。
と、いろいろあったが16週目に突入し妊娠5ヶ月となった。そしてだいぶ腹も出てきた。
2ヶ月位前の妊娠3ヶ月頃、次男からまだそこまで出ていない腹を一目見て「こりゃ女の子だね」と断言されたのを発端に、同じ職場の看護師に「顔が柔らかくなってきたから女の子かもね」とか言われたり、こないだは入院してるおばあさんから「この腹の出方は女の子だね」とか意味ありげなことを言われたりと姫率高しである。次男はともかくもおばあさんの一言にはなんというか数々の人生の修羅場をくぐりり抜けてきた含蓄があり、妻も妙に納得したと言う。
そのようなことを検診で話すと産科の先生に「そんな非科学的な」と一蹴される。
そしていつものエコーで見る。脳ができてきているらしい。その他胃もできている様でうっすらと見える。体重を計算すると166gのようだ。そしてそろそろわかるという♂か♀か、エコーで見る限り♂の印は確認できなかった。「姫の可能性大じゃのう」と先生も言うも、ただ、子が激しく動き回るので最後まで♂の印がはっきりあるかないかわからなかった。この問題に対しては「まぁ次回じゃ」と次に持ち越し。また♀であればいずれ子宮も見えてくると言う。
そして、どうもこの子は落ち着きがないらしい。誰に似たのだろうか。
そして前回同様4Dになった画像をDVDでもらう。あいかわらずグロテスクだが前回よりは丸みを帯びた感じもする。
妻のつわりは一時期に比べるとかなり落ち着いている。一般に言う「つわり」という期間は終わったのだろうが、時々気分が悪く晩飯が食べられないときがある。
原因は? どうも食べ過ぎたり、また消化の悪いもの食べたりすると吐き気で気分悪くなるようだ。
先週も妻の両親とソレイユでバイキングに出かけ、元をとろうとちょっとずつでも全品食べてしまうものだから、その夜は一晩中うなっていた。少し前にも「ブルーベリー狩りに行きたい」と2~3日ずっと隣で言ってるので(もちろん妻が)平田観光農園に行きブルーベリーとかプラムや桃をたらふく食べた。たしかに桃は熟していて美味かったのを思い出した。そしてその後妻は大変だったことも思い出した。
と、いろいろあったが16週目に突入し妊娠5ヶ月となった。そしてだいぶ腹も出てきた。
2ヶ月位前の妊娠3ヶ月頃、次男からまだそこまで出ていない腹を一目見て「こりゃ女の子だね」と断言されたのを発端に、同じ職場の看護師に「顔が柔らかくなってきたから女の子かもね」とか言われたり、こないだは入院してるおばあさんから「この腹の出方は女の子だね」とか意味ありげなことを言われたりと姫率高しである。次男はともかくもおばあさんの一言にはなんというか数々の人生の修羅場をくぐりり抜けてきた含蓄があり、妻も妙に納得したと言う。
そのようなことを検診で話すと産科の先生に「そんな非科学的な」と一蹴される。
そしていつものエコーで見る。脳ができてきているらしい。その他胃もできている様でうっすらと見える。体重を計算すると166gのようだ。そしてそろそろわかるという♂か♀か、エコーで見る限り♂の印は確認できなかった。「姫の可能性大じゃのう」と先生も言うも、ただ、子が激しく動き回るので最後まで♂の印がはっきりあるかないかわからなかった。この問題に対しては「まぁ次回じゃ」と次に持ち越し。また♀であればいずれ子宮も見えてくると言う。
そして、どうもこの子は落ち着きがないらしい。誰に似たのだろうか。
そして前回同様4Dになった画像をDVDでもらう。あいかわらずグロテスクだが前回よりは丸みを帯びた感じもする。



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