2007年08月21日

東崎と与那国馬

ここの景色は絶景である。



東崎(あがりざき)、東が「あがり」なのは日が昇るからなんだろう。西崎は「いりさき」というし。



そして馬(与那国馬)がいる、牛もいる。こんな風に近くによっても逃げないし襲ってもこない。妻、馬にちょっかいを出しだした。



それがうっとおしいのか馬はじわじわと後ずさりする。
妻「そっちいったら危ないよ」と馬に話しかけるも、どうみても崖の上から突き落としているような写真である。  

2007年08月15日

そして2回目の与那国へ

4月28日
与那国に着いた。
石垣を発ったときは曇りだったが、与那国は晴
飛行機を降りて空港の到着口まで歩く。

 

与那国空港は小さな空港だ。

手荷物受取所のベルトコンベアーもコンパクト

前回(3年前)に与那国に来たとき、私はレンタカーの予約などせず島に来てえらい目にあったため、今回はちゃんと事前にレンタカーと宿を予約しておいた。これは学習能力の賜物であろう。



この写真は、空港内のレンタカー店の壁に貼ってあった「与那国から見えた台湾」の写真である。

すごく近くに台湾があるように見えるが、このことの意味についても、3年前初めて与那国に行ったとき知った。

前回も、この写真と同じように台湾の山々がくっきりと明確に見える写真を見た。
そのとき思ったのは、「へぇ、台湾ってこんなに近いんだ。」
ということは、晴れていたら、必然的に見えるのではないか?

しかし、泊まった民宿で台湾のことを聞くと意外な返答が返ってきた。
「台湾は台風の前とか低気圧の通った後とか、空気が澄んだときしかみえませんねぇ」
「だいたい、年に10日くらいですかねぇ。今年は4回しか見てないですよ」
意外な返答にびっくりしたが、どうも本当らしい。


つまり、台湾を見るには台風の前に来なくてはいけない。そして台湾見えたと満足して帰ろうとすると、台風に直撃され、飛行機も飛ばず、必然的に家に帰ることができず、必然的に仕事に出なくていいという更に満足な状態も味わえるというわけだ。



志木名島診療所に行く途中変な車に行く手をさえぎられた。  
タグ :与那国島

2007年07月15日

式を彩るモノ1~ウエルカムボード編その1~

4月25日(水)曇り

波照間の集落をぶらぶら歩いていた。

「うるま家」の横を通り過ぎた。最初ここに泊まろうと思っていたが予約がいっぱいで断念した民宿だ。どんな民宿なんだろうと覗いてみる。
入り口のところにはサンゴでつくった看板があり、我々の目線はそこに・・・。

「こんな感じで結婚式のウエルカムボードをサンゴでつくろう」
と妻が言い出した。
たまたまうるま家のご主人が近くにいたのでどうやってこのサンゴを集めたのか聞いてみる。

「サンゴの浜に行けばこれくらいすぐ集まるよ」という。
「サンゴの浜?」
「どこ泊まってるの?」
けだもと荘だというと
「けだもと荘だったら、じゃあデブがいるでしょ。」
デブ・・・???民宿のお兄さんのことか?
「あのデブに言ったら、すぐ連れてってくれるよ」と。
どうやら二人は同級生のようだ。

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けだもと荘での夕食後、サンゴの浜はどこにあるのかおばぁに聞く。
「ニシ浜の向こうのね・・・、えーと、自転車じゃちょっとしんどいね、・・・明日は2便の迎えはないでしょ。連れてってあげなさい」
おばぁがお兄さんに指令した。
あっけなく交渉成立であり、結果として、うるま家の主人のいうとおりとなった。

その後、他にもエピソードが発生したんだが、それは別の機会に・・・

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次の日は、サンゴをさがしに、けだもと荘のお兄さんの車で、波照間の浜という浜を、サンゴ、貝、ガラスのかけらなどいろいろ探し拾った。


ニシ浜にて、曇りだがそれでもきれい。

砂はさらさら

この花はなんだったかな


この中に星の砂はいくつあるでしょう

そして、いよいよ次は「サンゴの浜」へ(・・・つづく)  
タグ :波照間島

2007年07月15日

式を彩るモノ2~ウエルカムボード編その2~

ニシ浜をあとにしてサンゴの浜へ
途中道は舗装されてない道へと変わり、たしかに自転車じゃ遠いよなぁと思いながらサンゴの浜へ到着!
サンゴの浜について我々は目が点になった。

・・・これみんなサンゴ

拾っても拾っても拾いきれない。

サンゴの浜を後にし、民宿のお兄さんはその後も島の中の浜という浜に連れて行ってくれた。貝、角が取れて流れ着いたビンの欠片などいろいろ拾って、宿に帰ってきた。

本日の成果品はこちら。

即興でつくってみる。

↓↓そして、内地に帰りつくった完成品はこちら。↓↓



  
タグ :波照間島

2007年07月15日

式を彩るモノ3~泡波一升瓶~

4月25日(水)夜

けだもと荘での夕食
右の赤飯のようなご飯は古代米というようだ。

夕食時、泡波がみんなで1本サービスで出た。GW前でまだ泊まりも6人と少なかったんで水割りで2杯飲めた。

「泡波」とは・・・
波照間島で造られる泡盛。
この泡波は、島唯一の酒造所「波照間酒造所」で造られるものですが、基本的に、島での祭りとか祝いの時など、島内で消費できるだけの量しか生産しないものです。
「生産量が少ない=希少価値がある」ということで、島内では千円ちょっとの品が同じ八重山の石垣に来ると五千円、本島に来ると一万円、で本土に持っていくと二万円以上からの値がつくというとんでもないものになっています。


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さて、我々は夕食後にけだもと荘のおばぁにサンゴの浜にいくだなんだの話をした(ウエルカムボード編参照)のだが、その後「なぜそんな話したのか」といきさつを話した。
「今回、新婚旅行で来ていて、今度結婚式をするんでいろいろ参考にしたいんです」といった話をしてると、壁に貼ってある写真(↓)を見せ、「これ、うちの常連さんが結婚指揮したときの写真さ」泡波一升瓶がリボンと花で装飾されて振る舞い酒になっている。



いいかもしれない。こんな感じで式で泡波を振る舞い酒にしても面白そうだ。
「泡波の一升瓶って手に入りますかねぇ」
と特に考えず聞いてみる。するとおばぁ、
「じゃあ一升瓶があるか酒造所に聞いてみるから」。
特に考えずじゃお願いしますとおばぁに頼み部屋に帰る。

夜、おばぁが部屋に来た。
話を聞くと、どうも知り合いにことのいきさつを話してみたらしい。
引き続き話を聞くと、下のような感じで話が進んだようだ。
「今、新婚旅行で来てるんだけど、どうも結婚式で泡波を振る舞い酒にしようとして一升瓶を探してるみたいだけどない?」
「そういうことだったらどうして早く言ってくれないの!」
「そうはいっても私も今日聞いたからね・・・」
「今、一升瓶は1本しかないけどいい?」
そんなわけで、おばぁ最後の一升瓶1本を知り合いから買い取ったようだ。

ミニボトルではなく一升瓶です。

そして「これは私からのお祝いね」とその一升瓶を惜しげもなくくれた。
「郵便局に送るケースが売ってるからね。そこの南商店で送ればいいよ」
急な展開にほんとにびっくり。

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そんないきさつを経て、7月15日に行われた結婚式二次会にて、このエピソードと共に、振る舞い酒として披露させていただいたわけです。  

2007年07月15日

式を彩るモノ4~リングピロー編~

石垣公設市場2Fへいきみやげ物を物色していた。
そこの一角に売られていたシャコ貝を目ざとく見つけ「これ、リングピローにしたらどう?」と話が弾む。
そしてあれよあれよの間に購入する。

シャコ貝900円、土台にする輪っかはいくらだったか忘れた。
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帰国後、5月の終わりごろだろうか、妻とN井さんとで作りはじめた。

リングを入れる部分のカバーは完成したのだが、中に入れる綿がないことに気づき、二人は部屋の中をいろいろ物色する。
いろいろ部屋の中を探していたN井さん、よさそうなものがあったのか、「これの中の綿を使おうか」と。


それを見て妻、目が点に。
なにをかくそう・・・この足の正体は・・・



これを使ってしまうとさすがに怒られると思ったのかすぐにでも解体作業にかかりそうなN井さんを懸命に制止し、なんとかこの話はなかったことになった。
そんなわけで、その後また部屋を物色し、過去UFOキャッチャーで取ったようなアライグマのぬいぐるみを身代わりとして解体することに決めたのでありました。
さて、その日を境にカープは一気に負け続けることとなったのだが、関係あるのだろうか?

  

2007年07月15日

式を彩るモノ5~引出物にはシークワーサーを~

式場が勧めるような引出物はなんとなく形だけのような感じがしたので、親族への引出物は旅行の時に「琉球ガラスと泡盛」を買おうと決めていた。

琉球ガラスは、出発初日24日の、那覇空港で石垣便の5時間の乗り継ぎ時間を利用してレンタカーを借り、糸満の「琉球ガラス館」で物色した。途中、長男のまねをして「ひとつその辺にある初心者向けのガマへ・・」との提案もしたが、きっぱり断られた。

昼食は玉屋そばでそば。

フーチバ(よもぎ)は食べ放題。というかこんなにいらん。

そして、引出物第2弾の泡盛については、4月のとある日、長男と極秘会談を行った際、長男より「”結婚記念ラベル”をつくったらどうか?」という提案を受ける。さすが泡盛ラベルマニアらしい提案だが面白そうだ。そのままの勢いでうちなーの大将に相談すると「じゃあ今度うちに久米仙酒造の人が来るから話しておくよ」と紹介される。
旅行の2日目、石垣にてたまたま行った川平湾で、これもたまたま琉装体験(2人で1,500円)があり、琉装で写真を撮った。結果これが泡盛ラベルの写真となった。

それ以外にも「泡盛の引き出物に何か付けたいね」と話していた。
そういえば泡盛を水で割った後シークワーサーを半分絞って入れたら美味くて浴びるほど飲んでしまい次の日二日酔いになったなんて話も思い出した。じゃあシークワーサーがいいんじゃないのなど、旬の時期も知らないのに「それにしよう!」と決まった。
そんなわけで、石垣の公設市場にて果物を買ったついでに市場のおばぁと交渉。



結果、式直前の7月上旬にシークワーサー10kgを送ってもらうことになった。
おばぁとの話でその頃はシークワーサーの旬のようだという話もしたように覚えている。
「家に帰って風呂に入ったりするから9時から10時の間に電話して」とおばぁは言う。
「じゃあ、お願いしまーす」我々は意気揚々と波照間島へと旅立っていった。

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帰国後、6月下旬のとある日。
そろそろおばぁに電話してもいいだろうと聞いた電話番号に電話する。

が、電話口では・・・
「この電話はお客様の都合により停止しています。」

え?
もう1回かけてみるが結果は同じ。
次の日もう一度トライしたがやはり結果は同じ。

「この電話はお客様の都合により停止しています。」

・・・・
間違いのないようにと電話番号はおばぁに書いてもらった。そのメモはちゃんとここにある。
間違いであっても間違い電話なら他の人が出て「違いますよ」ってことになるだろう。それとも違う。「お客様の都合により」とは何なのだ?

私の頭の中を駆け巡ったのは、

「おばぁ入院?」

いや、はたまた・・・

よからぬことが頭をよぎる。
いったい、おばぁに何があったのか?
                            つづく  

2007年07月15日

式を彩るモノ6~引出物にはシークワーサーを~後編~

結婚式の引き出物にシークワーサーを付けようした我々、石垣公設市場前のおばぁと交渉を成立させ意気揚々と帰国した。しかし、その後おばぁに連絡するも「この電話はお客様の都合により停止しています」と連絡がつかない。
おばぁの安否が気になる我々。そして肝心のシークワーサーはどうなるのか?

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電話をかけて3日後、相変わらず電話口からは「この電話はお客様の都合により停止しています」とそっけない。
うーん、これは苦渋の決断を下す時期に来てるかもしれない。

そう、最後の手段は・・・

行こう!!石垣へ!!!

・・・じゃなくて、6月末にガマツアーに沖縄に行く長男に頼もう。

このときほど長男がガマ好きなことに感謝したことはなかった。


だが世の中そう簡単にはいかないのか、沖縄に着いた長男からのメールは・・・
「時期的に厳しいです。夏は採れません。明日市場を探してみます。」
市場にあたってみても、
「シークワーサー、冬場の果物なので、今の時期はどこにいってもないみたい。」


最終手段もついえたか・・・


ほんとの最終手段、公設市場に連絡する。

電話口の公設市場の人は、「あの露店は勝手に出しているから市場とは関係ないんだけどね」といいながらも「いやぁこういうトラブル多いんだよねー」と、夜おばぁに電話してもらう約束をとりつけた。世に言う迷惑な日本の観光客とは我々のことだったようだ。

公設市場の人経由だからどっかで話が途切れているかも・・・と、あまり期待はしてなかったが、その夜、おばぁから本当に電話がかかってきた。
「沖縄はもう暑いからねぇ。お風呂入ってから電話したよー」
と、おばぁ、いきなり世間話から始まった。

おばぁの安否は確認できた。

なぜこんなことになったのか?
なんのことはない、おばぁは電話番号を書き間違えてたのだ。0980を0988と書いてたし、市外局番が4桁なのに市内局番が7桁になっている。てきとうだ。

「今は粒が小さいから5kgくらいしか送れないかもしれないけどね。探してみるよ」
「いつころ送れそうですか?」
「二人でやってるからねー」はぐらされた、どこまでも不安だが、とりあえず一件落着。

その後、7月10日に「シークワーサー5kg送ったよ」と電話があったあと、沖縄には都合よく台風がやってきた。電話がかかってきて2日後、台風で届いたか心配になったおばぁから「届いた?」と電話があった。
「いや、まだ」
「こっちはもう今日は飛行機飛んでないよ。」

最後の最後まで心配だ。


なんとかかんとか式の2日前13日の午後、シークワーサーは無事届き、14日の朝、あわただしく仕分けをしたのでありました。
まだ青いシークワーサー

成果品  

2007年06月11日

最南端

波照間島は人の住む最南端の島である。
よって最南端の売店、最南端の民宿、最南端の駐在所などなどいろいろな最南端に溢れている。
そんなわけで ↓ 最南端の「止まれ」



ずっと曇っていたこの日、この写真を撮った時だけ、空に青空が垣間見えた。  
タグ :最南端

2007年05月26日

けだもと荘と泡波とラベルのはがし方



波照間での宿は「けだもと荘」。
たいへん家庭的な宿。
おばちゃんが噂どおり元気で、一言話しをすると10倍になって返してくれる。
2泊した。



波照間といえば「泡波」
島の共同売店では泡波ミニボトルは1本320円で売られていた。
1人5本までという制限が付いていた。



星空荘のとなりの商店はカフェになっていた。
泡波アイス。けっこう美味い。下のはハイビスカス(このダブルで450円)



そして民宿での夕食時にも泡波
1本サービス。GW前でまだ泊まりも6人と少なかったんで水割りで2杯飲めた。

民宿のおばちゃんに、
「知り合いに泡盛のラベルを集めるのが趣味というマニアックな人がいるので(長男のこと)、その人への土産として空き瓶をもっていっていいですか」
というと、
「外のゴミ箱のところに空き瓶がいっぱいあるから、好きなだけ持っていっていいよ」と。
加えて、簡単に出来るラベルのはがし方を教えてくれた。

①ビンの中に水を入れてふたを閉める。
②タライかなにかに水を張って、①をそこに入れる。(ラベルを下向きに)
③待つこと2時間
④するとラベルがはがれてるさぁ。
⑤あとは新聞紙の中で一晩寝かしたら乾くよ。


そんなわけで頑張ってみよう。
そして今日の鯉、5連敗くらいしてる気がするけど、まだ2連敗。
久々のフェルだ!  

2007年05月23日

あんえい78号

さぁ波照間へ!安栄観光のあんえい78号に乗り込む。





このように生活物資がいっぱい載ってあるデッキは長いすが4つあるだけ。
なんか「ナビィの恋」のオープニングの船を思い出す。
そういえば、ガイドブックに「安栄観光は12人乗り」なんて書いてあったが、それはもしかしてデッキ部分を見ただけだったのか?


波照間海運の料金が100円高いリッチな高速艇「ニューはてるま」に抜かれる。

竹富、小浜、黒島が平べったく海に浮かび、遠くには西表がでーんと見える。
新城の2つの島が見えてきたところで、この先、波照間まで島はなく、外海に出る。
外海に出ると、残り30分、揺れに揺れた。

そして帰りはもっとすごかった。  
タグ :安栄観光

2007年05月13日

離島旅客ターミナル

さて、波照間島にでも行くかーと思い港に行くと・・・

何だこれは??

「離島桟橋」が「離島旅客ターミナル」になっていた。


だだっ広い待合所。


安栄観光までこんなになっている。

うーん・・・  

2007年05月06日

公設市場周辺にて

4月25日(水):石垣公設市場周辺をぶらぶら


ピーチパイン(桃の香りがするという)は4月末ごろが旬だという(3日後行ったらもうなかった)


スナックパインは手でちぎって食べることができるパイン。「スナックパインは甘いけど島パインの方がジューシーだよ」とおばちゃんは言う。目(模様)が飛び出てるのが美味しいパインだという。

花パイン1本100円。これは食べられない。

グァバ1個150円


マンゴー1個1,000円。初めて食べた。生っぽい味がしたがまぁまぁ。
おまけにパッションフルーツ2個つけてくれた。パッションフルーツはしわしわになったのが食べごろだとおばちゃんは言う。

島バナナ


極秘任務遂行中!(詳しくはいずれ・・・)  

2007年05月03日

川平湾のネコ

我が妻はネコ好きである。
が、こないだ坂本邸で飼っているネコに嫌われて以降ネコ運が上がる気配はない。

そして今回・・・



嫌がるネコを無理やり抱き寄せ、



写真に撮ろうとする。ネコの目が笑ってない。



その後、ネコは・・・
「こんなことされたんだぞ!」と親ネコに言ってるようだ。  

2007年04月30日

波照間のヤギ

無事帰国しました。
出発前、どうなることかと思われた鯉の行方も、旅にいっている間に、フェルが初勝利したり、天谷や帰ってきた廣瀬が大活躍と、なんかいい感じになってきたようでなによりです。
さて、この旅のエピソードは7月の式に向けて、極秘としておきたいことも多いため、しばらく内容は伏せておくことといたします。写真はおいおいupしていきます。

ヤギ発見

もくもくと草を食う


カメラ目線をするも、いずれは↓

  

2007年04月29日

三度石垣へ

今回石垣の滞在は3時間。夕方、那覇経由で帰ります。JALとANAは乗り継ぎできないことが判明。那覇での時間は1時間弱。無事我々が広島に帰れるかこうご期待。  

2007年04月28日

東崎

やっぱりここが一番の景色だと思う。  

2007年04月28日

与那国比川にて

診察は基本的に午前中らしい。昼からは往診のようだ。(Drコトーロケ地にて)  

2007年04月28日

これから与那国へ

昨日は琉歌へ。三線をギターのように早弾き、すごかった。
今日は雨。無事与那国に着くのか?  

2007年04月26日

泡波ミニボトルに・・・

これなーんだ?
本日も極秘任務を遂行するために、波照間の浜という浜を巡りました。