2007年07月01日

Fw:本日は…

昨日は6箇所潜った上に最後は米須のロープで潜るあのガマに入ったらしい。私など一度入れば十分と思うのだがマニアは違うらしい。
そして今日の結果がメールで届いた。



〉本日はもぐったのは2ヶ所だがけっこうシビア。
その後荒崎海岸から具志川城跡まで歩き終了。
疲れた。
しめは千日のぜんざい。
  

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2007年06月30日

Fw:これなんだ?

今日の昼食。これはなんでしょうか。(焼きそば、チャンポンではありません)
当たった人には何か贈呈?
  

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2007年06月29日

Fw:本日の戦果

今日からガマツアーに出発した長男よりメールが届いたので転送したい。

〉沖縄は暑い!パンツまで汗びっしょり。本日は前田高地の陣地壕中心に6ヶ所くらい入った。そして宜野湾の例の古本屋で6冊購入。49000円。
  

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2006年08月13日

9.11以降

それ以前は、世界の動きや世界の歴史について、ほとんど興味はなかった。
ネパールやラオスに旅してながらも。
興味なくても30年間生きることが出来た。

  
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2006年06月27日

白旗の少女



「この世で一番大切なのは命です。」

戦火の中、奇跡的に生き延びた少女の実話を描いたもの。

読みやすく、読みやすい分、生々しく、かなしい。

そして、この本のうしろ十数ページにおいて、今回の生々しいガマツアーの一端(初心者コースレベル)が垣間見れます。  

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2006年06月23日

ガマの中で



文章を読んで想像するだけじゃわからない。  
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2006年06月19日

最終日



国際通りの宮古そば「どらえもん」にて「どらえもんそば」



こちらは「宮古そば」
出てくるときは具が見えないが・・・



混ぜると具が隠れてた。
これには過去、理由があったという。



店の外。
由緒ありそうなのれんだが、縮こまっててどらえもんが変な形になっていた。  

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2006年06月18日

ガマ行程終了!

米須のとあるガマは凄まじかった。N原さん、S君、その他のみなさん、一度は入った方がいいですよ。私はもう入らないけど。  

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2006年06月17日

沖縄での状況

沖縄は昨日今日、いい天気。20日ぶりくらいに太陽を見たようだ。でも凄い蒸し暑い。ガマの中はぬかるんで滑りやすい。長男は「61年前も記録的豪雨だった。当時を再現できてちょうどいい」と喜んでいる。  

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2006年06月16日

明日のガマにそなえて



じょうとうステーキ。
辻のジョージにて  

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2006年06月16日

ガマのあとには

ガマで疲れたあとには甘いぜんざいで  

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2006年06月16日

今日の成果

長男、このようなものばっかり買う。  

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2006年06月15日

明日、沖縄

那覇は地盤がゆるゆるになっており、あちこちでマンションが土砂崩れを起こすニュースが連日にぎわっている。
そんな中、我々は連日ガマにもぐってていいのか?

私は、今晩のうちに、広島入りをした。
三次の今の家を出たのが20:15。一番近いバス停に歩くこと10分。バスを見ると最終は18:59。
なんだこれは・・・
タクシーもまったく通らんし、ふと気付いたら最終の芸備線がプオーンと通り過ぎていったし・・・
車がないととても住めない場所である。
結局広島行きのバスセンターまで50分の道のりを歩いた。

広島に着いたら、ちょうど長男からメールがやってきた。
「幸○タクシー(怪しいガマめぐりの個人タクシーの本名)一人一日75000円です。じゃ明日現地で。」
は?
私は目が点になった。
75000円??
つまり、、、2日で15万、3日で22万?
これは、ぼったくりではないのか?
常日頃から怪しい怪しいとは思ってたし、長男の姿かたちも怪しい怪しいと思っていたが、今頃、ぼったくりであることに気づいたか・・・
苦節5年、時既に遅し・・・

・・・なわけはなく、ゼロがひとつ多いだけでした。

あらゆる方面で前途多難なスタートである。  

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2006年06月11日

沖縄行きを来週に控える

「うちなー」にて来週の沖縄行きの総決起集会開催。

メンバーは長男、次男、炭水化物、私の4名。
・・・のはずだったが奥の座敷に被害者の会会長のN原氏が来ていた。
これは、偵察か?
やっぱりこのツアー行程(↓の記事)、羨ましかったのかもしれない。

そんなわけで、9月中旬に伊是名島行きが正式に決定したり、
8月末の看護師(♀)4人with側近Fが行く沖縄初心者ツアーに次男とN原氏が偶然を装いチビチリガマで待ち伏せし、♀4人に囲まれ鼻の下が伸びている側近のFをびっくりさせるなど、いろんな計画が決定されたが、やはりメインは来週の沖縄行きであろう。

うちなーに入るや否や長男がこういう。
「4月から会社法が変わって有限会社という概念はなくなった。これからは合名会社長男でいこう」
会社法がどうのこうのはよくわからないし、合名会社というのもよくわからないが、これを機に「壕名会社長男」と変えたほうがいいかもしれない。

そして、いつものように長男は今回のツアーを1冊のフラットファイルにまとめてやってきた。



馬鹿なんじゃないのか・・・
・・・いや、これは仕事だから仕方ないのだ。
そう、これは仕事なのだ。
仕事、仕事・・・
そう割り切らないとやってられない。

その後、長男はこの計画(↓下の記事参照)をうちなーの大将や三線教室の人たちに話しているが、みんな言葉にはしないものの、確実に顔が引きつっている。

61年前の6月、糸満のウッカーガマにて、24師団の小池隊長は学徒隊の解散命令に際し「絶対に死んではならない。生きて親元に帰りなさい。そして後世に戦争の悲惨さを伝えてほしい」といったという。
時は梅雨末期の大雨が降るであろう沖縄。
ガマで落盤が起こるなどのことも考えられる。
まぁ長男は死んだら死んだで靖国神社にまつられ、盆に参拝に来た小泉首相に「国のためによく頑張った」などといわれ本望かもしれないが、私はこれからの人生を考えるとそうもいかないため、小池隊長の言葉を命に危ないことはせず無事に帰ってこようと思う。  

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2006年06月07日

そして行程が決まった

長男よりメールが届いた。以下に無断で転記する。

6月のコースがほぼかたまりました。
6月16日
ウーガマ・アマチジョーガマ・糸数D地区(地下2階も?)
6月17日
富盛大獅子・八重瀬壕・(時間があれば大城森連隊壕)・伊原第1外科・山城本部
・シーガーアブ・(マヤーアブ)・ウッカーガマ・自決の壕・真栄里集落散策
6月18日
仲村粱ティラガマ・ティラヌチジガマ・新城陣地壕・仲間ティラガマ・米須住民壕

長靴、軍手、着替え、懐中電灯は必需品です。
いかがですか?


・・・だって。
地名を見て南部に行くことはよくわかった。が、わかったのは南部に行くということだけで他はよくわからんので、このページを見て予習をしたい。
N原さん、S君、今なら滑り込み申し込みまだ間に合うよ。  

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2006年05月26日

61年前の5月の沖縄

日本軍、首里司令部を放棄

  南部(摩文仁)に撤退、組織的戦闘力を失う

    避難民巻き添え必至


61年前の5月の沖縄本島・・・
日本軍が行った5月5日の総攻撃が失敗した後どうなったか?
その後、司令部のある首里を防衛する最期の拠点・運玉森を米軍に占領され、5月27日夜、司令部を放棄し本島南部の喜屋武方面へ撤退を開始した。
日本軍は新たな司令部を摩文仁に置き、本土決戦の準備が整うまで沖縄に一日でも長く米軍を引き付ける戦略持久戦を展開する方針を決めた。しかし、すでにこの時点で多くの傷病兵を抱え、武器弾薬も底をつき、組織的戦闘力は失っていた。
沖縄県知事の島田叡は「首里を放棄して南端の水際まで下がるとすれば、南下した住民が戦火に巻き込まれ、県民の犠牲が大きくなる」と首里放棄に反対したが、軍はこれを受け入れず沖縄での抵抗を一日でも長く継続する軍の論理を優先した。
これにより米軍にとらわれることを恐れ、日本軍を追うように南部へ逃げる住民、留まっている住民を巻き込んだ地上戦が展開された。  (沖縄戦新聞より)

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沖縄は既に入梅して一足先に雨続きの日々が続いています。
そんな中、いよいよ6月中旬、長男主催「沖縄戦を再現し体感するというとんでもなくマニアックなツアー」第三弾が、今回は無謀にも現地住民をも巻き込み敢行されます。
今回のテーマは「61年前のこの時期、梅雨末期の雨の中、南部を逃げ惑う敗残兵と住民たち」
どうなってしまうのでしょうか?
  

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2006年05月07日

総攻撃はどうなったのか?

帰国しました。
(これまでの記事は今後文章・写真を肉付けしていく予定です。)

さて、61年前の、4日午前4時50分の総攻撃がどうなったかといえば・・・
結局のところ、米軍陣地を打破できないまま、5日夕方、司令官が攻撃注視を命じ、総攻撃は失敗した。
この戦闘で日本兵約5,000人が戦力は極度に低下。今後、米軍が司令部を置く首里を攻撃するのは時間の問題で、沖縄戦の敗北は決定的となった。
この戦闘で、浦添西原に留まっていた女性やお年寄り、子供多数が戦火に書き込まれて死傷している。日本軍による食料強奪が避難壕からの追い出しに遭う住民もおり、地上戦に放り出され犠牲となった住民が多数出ている。


その61年後、同様に4日午前5時に起床し総攻撃を行った私のコザでの5日夕方はどうだったかといえば・・・
午後3時に宿に帰るとテレビで市民球場(鯉vs竜)をやっていた。さすがは鯉キャンプ地のコザである。私は昼寝をすることもなくテレビに食い入るように見入ったところ、見事、逆転勝利となり4位をキープした。
そして、私はあることに気づいた。

・・・最近、私が見ると鯉の勝率がいいのだ。

この結果を元に考察すると・・・、
10分寝坊はしたものの、この総攻撃、私は勝ったといえよう。
めでたしめでたしである。
そして6月には、すでに敗残兵になって2年が経過した長男と那覇で合流し、その後壮絶な沖縄戦の最期を飾る予定である。  

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2006年05月04日

そして米軍の陣地へ



■佐喜眞美術館屋上より見える普天間飛行場。

普天間飛行場敷地を返還させつくった美術館。
「もの想うとき」がコンセプトのよう。

メインは「沖縄戦の図」という絵。
この絵は展示場の椅子に座ってじっくりと見ることをおすすめします。

佐喜眞美術館  

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2006年05月04日

宜野湾にて、まずはそば



本日、予定襲撃時刻の4時50分より10分遅れて5時に起床。
只今、米軍陣地まであとわずかの宜野湾市まで攻め込み、はらごしらえ中。

さて、ここに至るまでに入国手続きにおいていろいろあったのでその辺を記したいと思う。  
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2006年05月03日

総攻撃前夜

さて、61年前の沖縄のその後といえば・・・

4月1日の米軍の本島上陸後、4月中旬には北部の国頭地区へ進出、そして伊江島飛行場を占領した。日本軍は、戦略的な持久戦に徹していながらも、嘉数高台などでの攻防戦を続けていた。
米軍は激しい抵抗にあいながらも首里に向けて進攻。4月25日までに浦添、西原の線まで達していた。この時点で日本軍の戦力はかなり低下していた。
29日の閣僚会議において、「攻勢に徹するべきだ」という主張や「無意味な自殺的な攻撃だ」という議論がありながらも、5月4日未明の総攻撃が決定した。
61年前の明日である5月4日、午前4時50分から米軍基地への砲撃を開始。米軍陣地に約13,000発の砲撃を打ち込んだ。

                              「沖縄戦新聞」より引用

そんなわけで私も、明日5月4日は、午前4時50分に起床し、福岡空港経由で4日午前中には米軍の陣地に攻め込みたいと思う次第です。

今回も節目節目でケータイでのリアルタイム投稿を行いたいと思います。たぶん。  

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