2007年12月16日

バスの中でビデオ~NAHAマラソン外伝その1~

12月1日 9:30新幹線口に集合

長男、挨拶代わりに「クルーンが抜けた穴、どうしよう」と現れる。
私と炭水化物はすかざず「そのために小山田を獲ったんでしょう」と応戦
のっけからBクラス同士の空しい会話でこの旅は始まった。

12:00過ぎ福岡空港に到着、昼食


オーバーフォーティ組(藤岡&IKKO)はすでに昼間っからビールである。まったく年寄りは「やることなくなったらビール」これだから困る。
そして話の内容も「先週はナゲーラ壕に入った」「ああ、あれは病院壕だったですね」「小波津にも入った」と私にはまったく意味不明の暗号を聞いているようだ。あきれて私は口を挟む。
「小波津は初心者の小手調べにちょうどいいですね」

15:00過ぎ那覇空港に到着

修学旅行の女子高生の数百人の集団と一緒に飛行機を降り、空港ターミナルに降り立った。
OTSレンタカーを借りるため、送迎のバスに乗るのだが、女子高生の集団の列にさえぎられ横断歩道の向こうへなかなかいけない。Fがいたら鼻の下伸びっぱなしだけではすまない事態になったことだろう。

さて、レンタカー送迎バスに乗るが、バスはいつものレンタカー屋を素通りし、58号を糸満方面に南下していった。
何故?
想定外の出来事にびっくりしたが、どうも事務所が糸満の新都心(アウトレットなどがある干拓地)に移転したようだ。

「なんでこんな遠いところにつくる・・・」と思ったものの、どうもこれは近い将来の高速の那覇空港延伸を見越してのようだ。そしてこの糸満新都心にICができるからだろう。なるほど、初めて沖縄に来る「普通の観光客」にとって、那覇市内を通って道に迷ったり渋滞にあったりすることなく一気に高速に乗り名護や北部の方にいけるというわけか。那覇市内へ行く人はゆいレールをお使いくださいということか。

古い沖縄がどんどん消えていって、那覇はどんどん変わってゆく。ここに行くのももう潮時なのかな?もうしばらくはいいのかな?と思いながらも、結局のところまた行ってしまうんだろう。

送迎のバスの中ではビデオが流れている。
ビデオに出ている観光客風の女の子2人はいつもけんかばかりしている。
まずナビの使い方でトラブルを起こすことに始まり、目的の場所を通り過ぎてはけんかをし、渋滞にはまって動けなくなっては「あそこで買い物しすぎるからじゃない!」とお互いの買い物が長いのを非難しあったりなど。

一体これはなんのビデオなんだ?と思ったが、どうもレンタカーの借り方、沖縄での車を運転するときの注意などの説明が延々と流れていたようだ。

例えば
・バスレーンは通ってはいけない(ほんとに取り締まりは厳しく観光客といっても許してはくれない)
・原付も堂々と追い越し車線を走るから気をつけて(たしかにそうだ)
など。

そのほか
・おばぁの飛び出しに注意しよう。
・北部ではヤンバルクイナの飛び出しにも注意しよう。
・Yナンバーの車とぶつかったら補償されないから、すぐよけよう。
・高速道路に入るととなりは米軍基地です。「流れ弾」に気をつけて。
などどこまでほんとかわからない。(この辺は実際には流れません)

是非「お笑い米軍基地」あたりにこのビデオのパロディでDVDを作ってほしい。きっと買うと思う。  

2007年12月16日

マラソン前夜の晩餐〜NAHAマラソン外伝その2〜

12月1日、夜。

マラソン前夜である。
ここは少しでも精のあるものを食べさせなければ・・・と思い「山羊を・・・」と提案したが、炭水化物氏だけでなく、走らないはずのN原氏にまで低頭に、いや低頭じゃない、こんなもの食えるかといった態度で断られた。

「ゆらてぃく」に向かうも貸切のため入れず。それじゃあステーキだ!とジャッキーステーキハウスに向かうも今度は大行列。最後の手段、ジョージか88かに行こうとその足で辻まで歩いた。
辻スーパーの近辺まで行くとタクシーが客待ちしてた。
我々が通ると獲物が来たかのように嬉々として、
「今からどこいくの?」
「食べたらどこいくの?」
「向こういったらあぶないよ」
などなど。
客引きなのか?どこかに連れて行ったらいくらかもらえるのだろうか。

ここは、かつての琉球王府が定めた那覇の公娼地域の一つ。
戦後はAサイン地区、または、米兵相手のホテル街としても発展したところ。

N原氏「今日はいかないから」と言う。
明日は行く予定らしい。

さて、我々は88に入る。

サーロインステーキ300gを食す。

こちらはステーツサイズ。
閉店したという話を聞き寂しい思いをしたのだが、こんな記事があった。オーナーが変わり移転したようだ。

明日もあることだしと我々は宿に帰った。N原さんも辻も気になるところだが「真栄原に行った方がネタになって面白いよ」とどこからか悪魔のささやきが聞こえるらしく、明日はどっちにしようか迷っているらしい。
  

2007年12月09日

3年連続NAHAマラソン①国際通り

12月2日(日)晴れ、無風、23度まで気温は上がるようだ

6:00 炭水化物氏起床。N原氏のいびきがうるさく1時間しか寝れなかったらしい。

6:30 オーバーフォーティー2人(N原、長男)はそんなことも知らず起床。年寄りは朝が早い。

7:00 私も起床、みんなで出発を見送る。

8:00 RBCでテレビ中継始まる。街をあげて一大イベントを盛り上げようという感じ。

8:30 我々応援部隊も宿を出て、国際通りに向かう。

交通規制が始まり、車のいない国際通り。

突如現れた獅子。

9:00 万国津梁之鐘でスタート(今年の大会スターターは比嘉愛未)
スタート地点から国際通りまでは2~3kmしかない。ここまでだったら私も走れそうだ。

早速、先頭ランナーがやってくる。ゲストランナーのワイナイナ。

炭水化物氏は2年連続の3時間台の記録が効き、2万3千人の参加者の中でゼッケン1052番を得た。早めに国際通りにやってくるだろうと思ったらほんとにすぐにやってきた。
すぐにやってきたのだが、カメラが間に合わず後姿に・・・

とりあえずプロ野球12球団の中でカープが「最初に」国際通りを通過したということは何にもまして喜ばしい。

その後、国際通りはランナーで埋め尽くされた。


コスプレは今年も多い。キリンの被り物は去年もいた。季節柄サンタは多い。今年はドラえもんは少ないが何故だ?

戦隊ものはここまではみんな一緒に走ってきた。
そして恒例の運動部の練習のような掛け声も。やっぱりあれはみんな一緒にリタイアバスに乗るのだろうか?

9:45頃 そろそろ最後尾が通過したのを見届け、我々もだらだらと移動する。時間もあるだろうからと公設市場に寄ってからゴール地点の奥武山公園へ。

スタート地点の万国津梁之鐘にて比嘉愛未の残り香を探す。

10:30 その後奥武山公園へ向けだらだら歩いていると炭水化物氏からメールが

「中間地点を通過しました」

なんと、まだ1時間半しか経ってないではないか・・・。これは急がねば・・・。

到着した奥武山公園サブグラウンドは屋台もいっぱい出て祭りのようだ。
我々も炭水化物氏中間地点通過を祝してオリオンで乾杯とあいまった。

                              つづく  

2007年12月09日

3年連続NAHAマラソン②奥武山公園

11:00すぎ メイングランドへ移動する。


太陽と海とジョガーの祭典「NAHAマラソン」マスコットの「なはっぴー」。
歩きにくそうだ。

11:20 炭水化物から再びメールが来る。

しかし・・・

「足を負傷!誰か衛生兵を!」

どうした?一体どうした?今どこにいるんだ?足の状態はどうなのか?完走できるのか?非常に気になった。そしてこんな状況なのに「衛生兵を!」とはどういうことだ?随分と長男の影響を受けてるではないか。2人でガマに潜る日も近いのか?


状況が気になりながらも、グランドのほうではケニアからのゲストのワイナイナが2時間26分40秒でぶっちぎりトップでゴール。ただしゲストランナーのため記録は参考記録である。


その4分後、2時間30分55秒の記録でトップの選手がゴールした。その後続々と選手がゴールしていく。

ブラスバンドは今年も本格的だ。

12:10 炭水化物から三度メールが・・・

「赤嶺駅通過!あと少しで奥武山公園に到着します」

そして12:30過ぎ、ワイナイナから遅れること1時間、炭水化物が無事ゴール!

3時間24分17秒、359位で見事3年連続3時間台での完走、おめでとう!

そしてプロ野球12球団ユニの中でカープがトップでゴールしたということは大変喜ばしいことである。来年の日本一へ向けよい弾みとなるであろう。なにより阪神(少なくとも阪神ユニは2人いた)よりも先にゴールインしたことが嬉しい。

サブグランドの屋台で昼を食べる。
応援部隊は完走祝いにオリオンで乾杯。
炭水化物氏はおにぎりを4個買ったがまだ食べ物が喉を通らない様子だ。みんなで居酒屋に行っても、酒は飲めないが米ならば雑炊3~4人前を一人で平らげ、その上高菜ピラフを頼んだりする彼である。これが「炭水化物」と呼ばれる所以であり、よっておにぎり4個など朝飯前と思ったが、やはり42.195km完走後はいくら米は好きでもそうはいかないらしい。
そんな状況を横目に見ながら我々のオリオンは2杯目と進む。

                              つづく  

2007年12月09日

3年連続NAHAマラソン③40km(赤嶺駅)付近

休憩後、沿道での応援風景が見たくなったので、ゆいレールで赤嶺の駅に行く。

この辺は38km付近。沿道には応援の人だかり。なかなかリタイアできそうにない状況である。

いちおう正式な給水所はあるのだが、至るところで沿道の人が差し入れをしている。アメ、黒糖、飲み物・・・

子供がみかんを差し出す。

スプレーを手に立っているがこれは何だ?

答え:このようにシューっと

炭水化物氏もシューっと

シャワーの中を通る

40km地点を過ぎた。あともう少し。

我々も競技場めざし沿道を歩く。
ランナーももう歩いている人は多く、我々とそんなにスピードは変わらない。
小禄のジャスコ前ではエイサーもやっていたし、どこかでは太鼓の音が鳴り止まない。


途中で見つけたピカチュウ、応援かと思ったらゼッケンつけてるやんか。ランナーだ。

日本最大規模のマラソン、沖縄最大のイベントと言われているだけあって、スタッフ、ボランティア、沖縄マスコミ、途切れることない応援と街の人たちが一体となって盛り上げようという雰囲気があった。
ランナーは奥武山公園内に入ると大会スタッフとハイタッチを交わし競技場に向け最後の力を振り絞る。
ここまで辿り着いてのハイタッチ、きっと気分爽快なんだろう。

しかしこの後、トラックに入るまでに大きな関門が・・・     つづく  

2007年12月09日

3年連続NAHAマラソン④人間の鎖

競技場に向け最後の一踏ん張り。

「太陽と海とジョガーの祭典」NAHAマラソンは大規模な市民マラソンのため、要所で制限時間を設けている。中間地点で3時間15分、33.4km地点で5時間、そして競技場に入る前で6時間15分と関門がある。
例えば中間点の平和祈念公園では12時15分になるとスタッフジャンパーを着た高校生たちが手をつないで一列に並び(人間の鎖である)、時間内に通過できなかったランナーを止めてしまう。つかまるとリタイアバスに直行。
同様に最終地点でも15時15分、競技場の門が閉められる。
もはやこの状況はNAHAマラソンの風物詩にもなってるようである。


競技場前に集まったギャラリーからは「あと3分!」「あと1分!」とか容赦ないカウントダウンの声が聞こえる。


時間ぎりぎりランナーが駆け込む。この人たちは間に合った。見事完走おめでとう!

15:15 スタッフが鎖をつくる。

容赦なく門が閉ざされる。

こうしている間にもランナーはどんどん帰ってくる。
しかし、閉ざされた門を見て呆然と立ち尽くすランナー。
見物している人たちからは、ここまで走りぬいたことに対して拍手が沸き起こる。

「太陽と海とジョガーの祭典」NAHAマラソン
2万3千人余りの参加、完走する人だけでなく途中でリタイアする人にも、その一人ひとりにドラマがあり、一人ひとりが主役になれる大会。
でも、ここまで走り抜けたらさぞかし気持ちいいんだろうなぁと思ってしまうのも事実であり、内地に帰り妻と「来年のエントリーに向けトレーニングを開始しようか」などと話してはいるものの、いまだトレーニングのトの字の実行にさえ移っていない。  

2007年12月08日

一応、完走祝いです~NAHAマラソン外伝その3~

12月2日夜

我々は完走祝いに南風原町の居酒屋に向かっていった。

なぜ南風原に行くのか?
三人のウチナンチュが長男の沖縄入りを歓迎し「では飲みましょう」となっているからだ。
まずひとりはすっかり長男の戦友のようになってしまったU原さん。そしてあと二人、M里さん、Z慶覧さんという方。

Z慶覧さんは6月のガマツアーで長男といっしょに潜った間柄である。バスガイドであり、沖縄戦や戦争の真実を伝えたくてU原さんにならい平和ガイドの学習をやっている。

M里さんは11月に行われたこれも長男主催初心者向けツアーの中で、U原さんが所用でご一緒できないときにU原さんの紹介で借り上げたタクシーの運転手である。県公認平和ガイドの資格を持っていて、タクシーで修学旅行生のガイドなどもやっている。
その時、U原さんはM里さんに長男のことを「このひとは沖縄に100回くらい来ているガマの専門家。いっしょについていけばあなたも勉強になる」という紹介をしていたらしい。

随分と長男も沖縄で顔が広くなったものだ。

そしていつものように話はマニアックな方向へ向かう。
炭水化物氏は雑炊3人前とピラフを一気に平らげる。
N原氏はいつものように泡盛をロックでガンガン飲み出す。「もう酔っ払って辻にも真栄原にもいけなくなった」とほざいている。自業自得だ。

私も過去長男主催のガマツアーを3回体験している。
なおまだこの「3回」という記録を打ち破ったものは広島に誰一人としていない。
私のこの記録を打ち破る人が早く現れて欲しいものだ。

そのときの手記及び長男主催ツアーのこれまでの経緯などはここに・・・

2006年6月の沖縄(ガマの中で)

2005年11月の沖縄

そんなわけで、長男主催の「本物を見て触れて感じる沖縄」
一度は経験してみた方がいいだろう。二度目以降は貴方次第である。
参加希望の方は私までご一報を。日程調整は私が担当します。なお私は行きませんが・・・
  

2007年12月08日

農連市場にて



12月3日朝7:00起床
N原氏は前日の飲みすぎがたたって二日酔いのよう。まぁほっといて、農連市場へ朝の散歩。

8:00
宿に戻る。
朝食の時間なのだが、N原氏はまだしんどそうだ。

新金一で朝食を作ってくれるいつものお母さんに
「一人二日酔いでダウンして朝食はダメみたい・・・」
と申し訳なさそうに断る。

宿の人「あぁー、いつものあの方ですか?」

・・・、どうも次男と間違えてるようだ。  

2007年12月02日

炭水化物、完走!

3時間24分17秒、359位で見事3年連続の完走!
  

2007年12月01日

明日はNAHAマラソン

この格好で炭水化物は走る。
  

2007年12月01日

背中はこれにゼッケン

  

2007年11月25日

2007年、NAHAマラソン




【昨年のNAHAマラソン、国際通りで炭水化物氏の通過を待つオーバーフォーティー(四捨五入すれば50になる)2人】

そして今年のNAHAマラソン、気づけば今週末になっていた。
42.195kmを走るのは3年連続出場となる炭水化物氏。
広島からの応援メンバーは長男、N原氏、私の3人。
他に沖縄メンバーが何人か今年も来るかな、夜だけ。

福岡13:15発の便で那覇へ行き、いつもの新金一で2泊3日の行程である。
そういえば集合時間集合場所すら確認されてない。

どういう行程になるのだろうか?
走る前の晩は栄養つけさせてあげないといけない。辻でステーキというのもよさそうだが、やっぱり山羊か?
とりあえず夜は沖縄メンバーも来るのであれば、いつものM湖のとなりの真玉橋か。
N原氏はマラソン当日「交通規制が始まる前に車で那覇市内を出て行く」と豪語してるが、多分、前日遅くまで飲むから無理だろう。

そして、最終日はどこ行こう?
長男は今週沖縄でガマに入ってるんだろうから二週連続で行こうなんて言わないだろう。
でも、南風原あたり入ってるかもしれない。
どうなることやら。