2009年06月24日

遠方出版社「説日語」より


  値段交渉してるところでしょうか?そしてここは何の店?


  この絵、高いのか?私にはそうは思えんが。


  インタビューする方もするほうだが、答える方の日本語がまずなっとらんと思う。


  とりあえず航空券じゃあないだろう、これ。


  こういうシチュエーションを後に「波乗り挨拶」と呼ばれるようになった。
  ・・・って聞く状況じゃあないだろう


  特段、迷路とは思えん。しかも後ろのスイカは何だ?


  一言だけ言わせてもらう。ここは銀行じゃないと思う。


・・・最近は長男の沖縄での行動を評して「馬鹿なんじゃないか」ということが多くなったが、「馬鹿なんじゃないか」の発端はこの本であったことを改めて実感した次第である。  

2009年06月19日

「説日語」再び

先日、一通のメールが届いた。


メールのタイトルは「突然のメールお許しください(『説日語』について)」


知らないアドレスだし迷惑メールかなと思って削除しようと思ってたがタイトルの「説日語」に目が留まった。

まぁ説日語を知らない人だったら100%迷惑メール報告をするだろうが、私は幸か不幸か説日語を知ってしまった数少ない日本人である。よってメールを開く。


発信者は某女子大で中国語教師をする人のようである。

メールを読むと、どうもこの方は数年前から「説日語」に興味を持っているようで、私が過去のサイトで作った「説日語マイラブ(2004年頃の話)」をたまたま読み、そこに写真であった「説日語(FOZさんの企画でゲットしたもの)」を、スキャナに取りたいのでしばし貸して欲しいという申し出のようだ。

※ちなみに私は2003年当時、このような記事を書いていたようだ。

「説日語マイラブ(すべての発端はこちら)」

「説日語マイラブ2004(その後、わるめしやとう結成までの道のり)」

そして、そこにあった写真

丁寧に「送付用の封筒を送らせて頂きます」とまで言っている。


さて、私はどうしたか?


「貸さない理由は何もない。」


即決である。

・・・まぁ一応振り込め詐欺なんかに繋がっていてはいけないので、その某女子大が実在するかどうかネットで調べる。結果、某女子大はちゃんと実在していて、メール発信者の名前もそこにあった。詐欺ではないことを確認した。(まぁニセのネットなんてこともないだろう。インドじゃあるまいし)

相手の素性もわかり、更に貸さない理由は何もなかろう。

というか、わるめしやとうの集会もしばらくなく、数年間本棚で眠っていた説日語である。むしろここで旅に出すことで研究のお役に立てるのであれば幸いである。冷え切った日中関係もこれで少しは改善するというものだろう。

そんなわけで「なかなか面白い申し出ですので、この件について、私も気が向いたらブログまたはmixiに記載すると思いますので、そのことをご容赦ください。」とだけ付け加えてメールを返信した次第であった。


                                    つづく


・・・・そういえば、、、

写真にあった、挿絵のあるバージョンは遠方出版社の説日語で、これは私は持ってない。わるめしやとうの会合の中で誰かが持ってきたものだと記憶している。私の持っているのは西北大学出版社発行のノーマル(でもないが・・・)なものである。
もしかして依頼手はそちらのを探しているのではないか、と心配な今日この頃である。
  
タグ :説日語

2009年06月08日

一眼レフを買って新球場へ

一眼レフを買った。

コンパクトデジカメもいいのだが、一眼レフで撮った写真はやはり鮮やかさが違うと前々から思っていた。コンパクトデジカメでいくら撮ってもかなわない仕上がりなのである。

というわけで買った。衝動買いではない。
ここんところ、半年前のビデオカメラといい、チャイルドシートやベビーカーなど出費過多ではあるが、衝動買いではない。いちおう前々から計画はしていたのだ。

購入して、説明書きを読むのもそこそこに、午後は新球場でのオリックス戦へ。

指定した席はレフト側バルコニー席(年間指定席だが売れ残った箇所をバラ売りしている)
運よく一番前の端っこ。ポールよりも3塁側である。ちょうど角にベビーカーも置けるスペースがある。なによりビジターパフォーマンスの影になるため、日陰になってたところがよかった。

試合のほうはいつものように序盤は0-0のまま進む。
試合見ながら、娘みながら、途中で授乳で妻娘いなくなったり、一眼レフの説明書を読みながらいろいろカチャカチャ試し撮りなどやってて、おー連写もできるんかなどと感激していたら、4回裏マクレーンの特大ホーマーがバルコニー席に飛び込んできた。
次の回も打つわ打つわ、赤松に喜田剛にまたマクレーンにツーベースが続いて、最近よくある1イニングだけ打戦爆発するという打線の片鱗を見せ、そのまま6-1で鯉の勝利。
これまで観戦成績3連敗のオリックスにようやく勝つことができた。


※写真は新しい一眼レフで撮ったものです。










  

Posted by tana at 22:45Comments(0)TrackBack(0)2009年の鯉

2009年06月04日

6月7日オリックス戦へ

6月7日(日)は天気もよさそう。
tana家総出(3人だが)で新球場へでかけることになった。

土曜のソフトバンク戦は既にいっぱいらしいから、まだ空いているという日曜にし、しかも前売りを買おうと今日カルピオに行ったのだが、チケットを買うにあたって気になったことがある。

うちの娘はまだ4ヵ月半である。

移動にあたってベビーカーは欠かせないアイテムである。時々乳も欲しがろう。
どこにしよう。
内野自由を買ってコンコースで立ち見というものいいのだが落ち着かん。座ろうとしても2階席だとベビーカーを持ってあがるのも、ちと辛い。前回、見に行った感じではこっそりと指定席の空いている席に座ろうかというのもできそうにないし(指定席の入り口という入り口には門番が見張っており指定券のない客を跳ね返していた)、だからといって広い指定にベビーカー持って入るも周りに気が引けるし・・・

と思いながらカルピオに着いて球場の案内図を見てひらめいた。

「レフト側バルコニー席」

もともと年間指定席だったものの、売れ残った席は普通に売っている。(一人3,000円)
外野レフト側のコンコースに沿って並んだ、5列しかない観戦席という。意外な穴場かもしれない・・・。と、窓口で聞くと空いているとのこと。
2枚購入。
5列しかない列の1列目(一番前)だった。座席は401,402となんか端のようで、なんとなくベビーカーを入れても気兼ねせずにいれそうなエリアのようだ。

さて、妻と娘にとっては初めての新球場だが、私にとって2度目の新球場参上である。
ただ前回は・・・、長谷川とドーマンが試合をぶち壊してくれた試合だった。

今回は上述の二人はもういないためその点ではいいのだが、気になるのが相手がオリックスということ。過去の観戦記録はこちらである。

2005年、謙二郎祭り真っ只中の頃

2006年、Y氏日本代表監督に?

そして2008年、ピンクリボンのみ目立った試合

全くいい印象がない。

でもまぁこれは市民球場時代のこと。球場が変わったし、きっと気分も変わって勝ちに転じることでしょう(と思いたい)。  

Posted by tana at 23:38Comments(0)TrackBack(0)2009年の鯉

2009年05月31日

おーりとーり

 しばらく日記のようなものはmixi(tana)でも更新しています。(顔を出したりするため)

このブログでは私及び私を中心にした人々の旅日記(主に沖縄方面)と鯉に関する記事で成り立っています。過去の旅日記はこちらから・・・

  08,09伊平屋伊是名へ up!!
     長男32回目、次男29回目、私22回目
     にしてついに真のリベンジ伊是名!


  05.09粟国島へ
     長男・次男とナビィのロケ地を探す旅
  05.11戦跡を巡る
     第2回有限会社長男戦跡ツアー
     (当時、参加者は3人いた)
  06.09伊是名へ?
     伊是名上陸を目指すも、超大型台風に行く手をさえぎられ・・・
  07.02リベンジ伊是名
     前年のリベンジを果たすため、長男・次男・Fの最強メンバーで再度伊是名へ
  07.12炭水化物3年連続のNAHAマラソン
     そして、我々は2年連続のNAHAマラソン観戦
  08,06慰霊の日の沖縄へ
     6月23日、慰霊の日近辺の沖縄を巡る旅(加えて長男はガマ、私は久高島へ)
     
別館写真ブログ「旅の途中の日常」にて 07.09鳩間、08.09伊平屋伊是名 の写真 をアップ中!

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  妊娠記
     2009年1月21日、子供が産まれました。その時の(妻の)妊娠・出産の様子をこちらに 
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★★このBlogのすべてがひと目でわかるサイトマップはこちら!★★



沖縄病の必須アイテムといえば「ルートビア」   ルートビアと私
  

2009年05月23日

2005ラオスにて②

バス?の中はギュウギュウ詰めながらも風が心地よい。しかし、バスが止まったりすると一気に暑さで大変になる。


しかし、ちょっと走ったらトラブル発生。





パンクでもしたのか??
でもみんななんかのんびりしている(ように見える)。





こっちでは日陰に入って休んでいる。まだまだ出発しそうになさそうだ。  
タグ :ラオス

2009年05月23日

2005ラオスにて①




ルアンパバンの街から、バスターミナルへ向かう途中の荷台から。

なにげない朝。
慌ただしいんだろうけど、なんか、のんびりとした朝の姿。
太陽のリズムそのままに人々は日常を営んでいく。





バスターミナルにて。
飯を食べる家族。奥に見えるトラックのようなものが・・・・





バスです。自転車まで乗っている。
出発!  
タグ :ラオス

2009年05月10日

「絶対貧困」/「小さな国の大きな奇跡」

         


「絶対貧困」

・・・実際のところ、貧困といって具体的なイメージを持っている人はどれだけいるのでしょう。おそらく路上で暮らす物乞いを思い浮かべることができても、彼らが誰と結婚してどこでセックスしてどうやって赤ん坊を産んでいるかはご存じないはずです・・・(「はじめに」より)

物乞い、ストリートチルドレンといった1日1ドル以下で暮らす人々とスラムで寝起きを共にした著者が描いたノンフィクションである。
「絶対貧困」層の恋愛や結婚、出産や葬儀、職業など、たいへんわかりやすく描かれている。

これらの生活、一面では悲惨といわれかねないのだが、それはあくまでも恵まれている先進国からの目線であって、もともとスラムで生まれてきた本人達にとっては生まれた時から同じことであって、今が悲惨と感じるものではないのである。
スラムには最低限の生活を営む上での互助精神も残っている。

印象に残ったところ
世界を旅してて物乞いや(取るに足らないような)物売りに出会ったときの対処の話があった。たしかにインドなどを歩いていると物乞いや物売りから金を無心されることがあるが、著者は本の中で、そんなことで悩む必要はなくあげたらいいという。数ルピー程度をやることで、少なくとも、その人は食事にありつくことができる。

裏を返せば、そのあげる金がなければその日の食事にありつけることもできないということもある。
そうなればどうなるか、金がなくなれば、薬物売買などの犯罪行為に手を染めるしかなくなる。
彼らを利用しようとする裏のビジネスが待っている。その犯罪組織にとっては彼らは資金源になりうるのだ。女性であれば売春業に関わるようになる。
結果、薬物、そしてHIVなどの病気の感染も広がっていく。

普段の生活に思うような悲惨さはなくても、ひとつ足を踏み外すと闇の部分に踏み入ってしまい抜けられない。その危険性が高い。こういう生活が「絶対貧困」という層である。
米軍なども各国の貧困層から入隊者を募って戦場前線に派遣している。よってアメリカが起こす戦争の被害者はそういった層である。ある程度の富裕層は戦争が起こっても死ぬことはない。このままいけば日本もそのようになりかねないだろう。
経済的な豊かさを誇る国であってもこういう貧困と隣り合わせである。

ないものとして目を背け蓋をし本人の問題として片付けるだけでは結果闇の部分の世界が拡がっていくだけ。結局のところは、世界の現実を突きつけられる本だった。

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「小さな国の大きな奇跡」

では、そのようなホームレス、物乞いのいないキューバのような世界はどうかと思い読んだ本。

生まれてから死ぬまで住居と最低限の食糧は保障している。
教育と医療を無料にし教養と健康を大切にしている。識字率は100%。国民の等しい教養こそ革命の実現に欠かせないものという。
しかし圧倒的に物がない。
例えば携帯を持つなど日本では既にあたりまえのことができないなど経済的な豊かさは全くない。また海外を自由に旅するなど個人の行動の自由も制限されている。国民が等しくその自由を享受できる状況になるまでは困難なのだろう。

大資本主義国家からのいわれなき経済制裁を受けていることも理由だろうし、キューバとしても国が目指しているものに対して世界情勢はまだまだと思い「この世界は未だ自由に往来できる状況にない」と判断しているのだろうか。それはわからないけど。
社会主義や共産主義は人間らしく生きていくための理想であるが、これまで多くの国が失敗してきたのは権力者による独裁国家に傾きかねないことである。ソ連、東欧がそうだったように。カストロだったからうまくいっているとの見方もあるだろう。

医療と教育は無料。つまり医者になるための教育も無料ということで、医者は日本の3倍いる。そして発展途上国や被災地に医師の派遣もしているという。
この人間を大切にする思想が海を越え、広がっていったならキューバの自由は広がるのかもしれないと思う。実際のところ南米はかなりの国で社会主義政権となっている。そういった国々から得られるものによってキューバの経済的な水準も上がっていくであろうし、将来、国民が自由に外国を往来できることにも繋がっていくのだろう。  

Posted by tana at 22:13Comments(0)TrackBack(0)映画,本,CD他

2009年05月04日

続・風呂にて

最近の最大の懸案事項は仕事が忙しいことと、風呂の件である。(下の記事参照)

今日も最初の湯船、体を洗うまではよかったが、頭を洗い出したときから泣き出した。
洗うのを途中でやめ、縦抱きで抱いたり、湯船につけたりしても全く効果なし。
これで3日連続完敗である。鯉の長谷川は2回連続KOで遂に2軍落ちのようだが3回連続とあっては私の風呂での立場も危うくなってくるというものだ。

そんなわけで夜、「赤ちゃん 風呂 泣く」をキーワードにいろいろネットを見てたら、「この時期は泣くもの」「胸は痛むがそれでも洗っている」という話に辿り着いた。結局のところ向こうが泣こうがわめこうが割り切って洗い続ければいいのだろうか?明日はそうしてみようか?

そうした時にひとつ気になること。
①娘も特に最近は、風呂でなくても泣くときは「いまにも死にそうなくらいの泣き声」を出して泣く。夜泣きの前兆かもしれない。②そして一般的な風呂に共通する事案であるが、風呂の中は声が響く。よって「泣き声も響く」。
①と②の要素が絡み合った結果、近所の人にあそこの家は子供を虐待してるんじゃないかって通報されるんじゃないかと心配だ。

・・・なんて、そんなことはないだろう。多分。

話は変な方向になってしまったが、まぁ明日は割り切った作戦で行こう。人間開き直りが大切だ。長谷川も開き直ってまた1軍の先発に戻って来るんだよ。かつて同じような立場だった高橋建もいまじゃあメジャーリーガーだ。

また話はそれたが・・・、いちおう言っておくがけっして虐待してるんじゃあないぞ。  

2009年05月03日

初新幹線/風呂にて

5/1~3は北九州へ娘を連れ初帰省。
初JRに初新幹線である。
初めて車以外の乗り物に乗ったわけだが、トンネルから抜けると眩しそうにするくらいで、それもトンネルがひっきりなしにあるため、トンネルを抜けるたびに眩しそうにしていたことが印象的だった他は特に泣くことなくじっとしてた。
飛行機に乗れる日も近そうだ。


先日29日、風呂に入れたとき間違って口のあたりにお湯をかけてしまった。
で、お湯を少し飲んだらしくケホケホとしばらくむせさせてしまった。
「ごめんね」と謝るも、その後娘を湯船につけたらついにギャン泣きされた。

結局その晩は、娘を抱こうとしても「さっきはよくもよくも・・あのときは大変だったんだぞ」という感じでギャン泣きされるだけだった。夕方の風呂でのことを覚えているようだ。

その後も何回か風呂に入れたものの、特に昨日今日は顔を石鹸で洗っていると泣き出すようになった。二日とも火を噴いたように泣かれどうしようもなかった。やっぱりあの一件を覚えているようだ。ほんとに悪かったと思ってる。ここにブログにて明かすのでもう忘れて欲しいものだ。
とりあえず明日は顔を石鹸で洗うのはとりあえずやめよう。


ここんところ私が抱いて泣き止まないのに、妻に渡すと泣き止んでけろっとすることも多い。だんだんとお母さんを認識しだし始めたのか?
まぁたしかに、こないだまで手の拳ごと口に入れていたのがいつのまにか指単位でしゃぶるようになったりと、脳や神経は日ごとに成長してきているようである。
気になるのは、この連休を過ぎて一ヶ月は私は火を噴くように忙しくなるのである。深夜に帰ってくることも頻繁になりそうなため、当分はお父さんを認識されないのではと大変心配である。  

2009年04月26日

初の新球場は・・・

4月25日(土)のこと・・・

多分ブラウンも土曜のこの試合は雨で中止と思って金曜に中5日でマエケンを持ってきたことだろう。
その予想通り雨は未明から降り続いたわけだが、昼前にはあがってしまった。思えばもう少しこの雨が降り続いてくれれば・・・と今になって思う。



東出




内野自由席1,600円にてデビュー。
先発は誰だったかもう忘れた。今年は2試合ほど無難に抑えてたから、少しは期待したけど、ミスも重なって先取点を許す。2点でとどめておけばまだ期待できるのに、次のバッターに簡単にHR打たれる。今年も期待するなということか。
ついでにいえば2回表スコアボードにまでバカにされていた。スコアボードによると19点取られる予定であり、そのとおりポンポン打たれ満塁のピンチを作るも、そこは敵の5番新井がゲッツーに倒れるなど相手が一枚上手だった。




そして3回で5失点。今の打線だと50イニングくらい試合を続けないとひっくり返せない点差になってしまった。
結果はその後投げた青木高、ドーマンが続けて炎上し12点取られるのに対し、うちはヒットを打つのがやっとという有様。そのヒットを打つのも東出だけだったけど。

内野自由席からは球状の向こうを通る新幹線やその他山陽本線、芸備線などの列車がひっきりなしに通り、まるで鉄道模型を眺めているようだ。ただ鉄道模型も1時間も見つづけてるとやっぱり飽きるので、仕方ないので新球場内をぐるぐるしておりました。(↓写真はネソベリア(の後ろ)からみた景色)




新球場、きれいなのだがなにか応援に市民球場時代の一体感がないように感じた。負けてるせいかもしれないが、ライト側2階のパフォーマンスシートに空席が目立ってたことが気になった。
そして今日日曜日。私は諸事情でテレビラジオでも見ることはできなかったが、結果を見るにどうも勝ったようだ。でも試合内容の詳細を見てると、勝ったからいいものの、打線の問題と永川の問題という今後勝ち続けていくための2大懸案事項はまだ解決されてないようである。  
タグ :カープ

Posted by tana at 22:38Comments(2)TrackBack(0)2009年の鯉

2009年04月21日

広島市内に引っ越す

鯉を一生懸命見つめる娘→

広島市内に引っ越しました。
私はこれまで北九州、広島、山口、三次、八千代といろいろ移り住んできたが、やはり広島市内は歳をとってもずっと住みたいところである。そしてそう思わせる人間関係がここにはある。
なんとなく、今年のテーマは「定住」になりそうだ。

娘は今日で産まれて3ヶ月が経過。
そして私が広島市内に住み始めて2週間が経過した。新しい環境、仕事も最初はなんかふわふわした感覚だったが、少しづつ慣れてきた気がする。
転勤先の仕事はこれまでの仕事と異なる新しい仕事で、全く初めてのことだらけでまだよくわからない。そこはなんとなく旅先にいるような感じで、一つ新しいことを知って一つ自由になるという感じである。よく言えば。

でもしばらく旅に出る予定はない。
いつかは長い旅にも出たいと思う。
旅に関すること=実際に現地を歩いて世界を拡げる、世界の現実を知るということ=も、子供の頃から突出して好きなことだっかから、きっと一生やりつづけることだろうと思うが、それは今じゃないような気がする。(ネットの世界一周リアルタイムブログなどを読み、疑似体験は定期的に行ってるが・・・)
今は結婚して娘が生まれ、一人の人との関係、子の成長、その成長を一緒に見守っていける時間というものがとてもいとおしい。まだ平日は職場と家との往復だけなのだが、その両方でまったく旅する以上に飽きない変化がこの日常にあるし。

・・・とかなんとかいいながら11月に家族3人で久しぶりの石垣へ。一人旅、二人旅とはまた違ったものになりそう。現地で長男次男と合流することになり、またマニアックな行程となるだろう。
そして9ヶ月になった娘を飛行機デビューさせる予定。
果たして大丈夫なのか気にはあるが、今でも車によく1時間以上乗せてることがあるし、5月新幹線デビューする予定だし飛行機もきっと大丈夫でしょう。
  

2009年04月06日

引越し

明日は広島へ引っ越し。3年半ぶりの広島市内である。
鯉も出だしが調子いいので浮かれているが、引越しの余波でしばらくADSLが通じないので、日記もしばらくごぶさたすることだろう。そんなわけで最近の娘・・・

・最近、自分の手をじーっとみつめることが多い。「なんだこりゃ?」って思っているのか。そして、自分の意思で指が動いたりするから魔法でも使えたかのように思っているのか。娘よ、それは「手」というものだ。もとから娘に備わっていたもので、急に生えてきたものじゃない。けっして単独の生き物じゃあないぞ。
・これまではあーとかうーとかやーとかだったが、最近は「あぎゃう」とか「うきゃあ」とか言葉のレパートリーが多くなってきた。我々の話す言葉を真似ているのか。でも決してうきゃあとか言ったことはないぞ。
・こないだようやくベビーベットで夜寝た。ただ1日限りだったが・・・
・基本的に一緒にいるときはたいていどちらかがつきっきりになるので、なかなか自分のことをやろうとしてもできない。でも、最近あやすと笑うようになった。これが、かわいいのである。多少ギャン泣きしてもオムツを大量に消費しても気にはならないくらいである。
・徐々に首がすわりつつある。2ヵ月半が経過しました。  

2009年04月03日

それゆけシーボル~いよいよ開幕~


きっと超スロースターターのシーボルはこの日のために去年から調整をしてきたのかもしれない。


  

Posted by tana at 21:06Comments(0)TrackBack(0)2009年の鯉

2009年04月02日

最後の長男邸

1ヶ月前は宴たけなわだった長男邸も、昨日、夕方19時過ぎ、最後の荷物が運び出された。居酒屋長男、民宿長男、12年の長きに渡る歴史に幕を閉じた。

09.2.27
   
09.4.1

トータルで何人の人が来店したのだろう。

数々の料理が作られたこの台所も、いまはだだっ広く感じる。

次は大津の新長男邸か、石垣現地集合か?

いや、来週辺り「うち○ー」にいたりして。  

2009年03月24日

新アイテム登場




2ヶ月になった。最近こぶしごと口の中に入れようとすることを覚えたようだ。おしゃぶりというレベルではない。この子は豪快な子になるのだろうか。
そして、なかなかうちの娘はベビーベットで寝ない。親子3人一緒のベットで添い寝ばかり。ベビーベットに入れると嫌なのか(?)布団を取ろうとしてそこから出ようとがんばっている(が当然できない)。
加えて困るのは、寝たと思ってベビーベットに置いて寝かしても、お母さんが料理などで台所にいって自分の近くにいないとわかるとすぐ泣くこと。さびしんぼうだ。それでいて夜更かしもする。夜中まで寝ない。「tana家一家全員就寝!」といっても全く寝る気配なく目がらんらんとしている。結局添い乳しないと寝ない。いつベビーベットで寝れるのやら。それでいて朝は寝ぼけて起きない。ナマケモノだ。まったく四六時中一緒にいるお母さんも大変だ。

そんな中、新アイテム登場!

妻の友達からもらったものだが、これは布の上で足をバタバタさせると鈴の音がするからくりになっている。その他光ったりオルゴールが流れたりもする。ここにいる間、しばらく娘の注意がそちらにいくというすぐれもの。

・・・が、最近さっそく飽きてきたような気もする。

今日は今日で、娘にケータイで撮った娘の写真を見せた。
しばらくきょとんとしてたが「誰だこれは」という感じで興奮し、うーえーあーと色々しゃべりだす。次、鏡を娘の前に見せる。当然そこには娘が映っている。もちろん「お前誰だ」という感じで興奮しているが、そのうち同じしぐさをするので気持ち悪くなったのか泣き出した。
泣いたので鏡をしまう。「はいはい、お化けがいたんかねー。もうおらんよ~」とかいいながら抱っこ。
そしてしばらく泣き止まなかったのでどうしたのかと思ったらおむつだった。  

2009年03月22日

ほんとに最後の市民球場

新ユニフォームお披露目!

と、ともに今日はほんとに最後となり、2万6千人もの人が入り、オープン戦とは思えない雰囲気。

試合のほうはC3-3T。
前回褒めた梵とシーボル、今日はいまいち。
嶋、レフトポール際への市民球場ホームランで同点。
最後のバッターとなった倉は完全にサヨナラホームラン狙いだったと思う。





上)最後のジェット風船
中)試合終了後サインボール投げ入れも終わりすべてが終わったグランド
下)ありがとう!市民球場



  

Posted by tana at 19:25Comments(0)TrackBack(0)2009年の鯉

2009年03月20日

新球場と測量用野帳




あと1週間で完成の新球場(他の写真はここに)

さて、その後本屋によりBE-PAL4月号を買うと「バックパッカーズノート」なるものが付いていて、なんだなんだと思い買った後中身を見たら何の変哲もない(表紙は細工はしてるが)測量用野帳(写真右:水色)だった。

がっかりだ。
・・・というのも、私は15年くらい前から測量用野帳(レベルブック:写真左:深緑)を持って旅に出ている。私にとってごくごく当たり前のアイテムだからである。

なにしろこのレベルブック、縦罫横罫が引いてあり言葉も簡単な絵も書きやすい。私は主に旅先での行動の記録や買ったものその金額(小遣い帳)、またその時思ったつれづれなどを書き綴る日記代わりにもなっていた。また、表紙が厚いので駅や車内などどこで書いても表紙が下敷きがわりになって書くときに書きやすい。そしてなによりかさばらない。いろいろ書けるようにとA4版やB5版のノートを持っていってたときもあったが、結局これに勝るものはないという結論に達した。また、昔は切符やチケットなども挟み込んでテープやホチキスでとめたりしてそのまま保存できるようにもしていたが、最近はどうでもよくなったのかあまりしていない。
そんなわけで何泊かする旅に出るときは大抵新しいのを持って出ている。

デジカメで写真に撮ったり旅行記で文章を残したりしているものの、こういうもので残るというのもいいものだ。普段はそれ専用のダンボールに入れてるのであまり見ることは無いが、時たま部屋の整理などでダンボールを開けて改めて見返し、当時を思い出し、結果部屋の整理が全然進んでなかったなんてことは皆さんもよくあることだろう。

さて、旅の時はこれを持ち歩いているが、普段は何を使っているのかというと、写真のようなA5版くらいの手帳である。1年1冊というスタイルで4年前からこのサイズにしたため、今年で4代目である。(今は2年前に石垣で買ったミンサー織のブックカバーをかけている。2年毎日持ち歩いているがそんなに劣化していない)
その前は予定は予定、日記のような記録はそれ専用のノートと別々のにしていたが、このサイズだと予定表と日々の記録と簡単な日記がこの1冊で書けるのが便利で、ようやくしっくりいくものに出会った感じがする。

記録とともに日記代わりにもなっているが、最近は娘の記録を赤いペンで書くようにしており、その面積が増えてきているような気がする。

・最近は機嫌がいいと「☆△※*■○・・・」など意味不明な言葉で話しかけてくる。それだけでかわいいのだが、訳されると多分「乳飲ませろ」とか「おむつだよ」とかそんなのだろう。
・夜、寝る時間が長くなったような気がする。
・娘ギャン泣きデー


さてBE-PALの件で多少がっかりはしたものの、いろいろ考えるとようやく時代が私に追いついたともいえる。このレベルブックを持って旅している人をこれまで一人も見たことがなく(まぁ測量用だから仕方もないが)、こんな零細文具はいずれ淘汰されていくのではないかという危惧もあったため、こういうところで紹介されてなによりだ。
やはり時代が私にようやく追いついたのだろう。  

2009年03月15日

今年最初の市民球場



去年の9月で終わったかと思ったのだが、再びオープン戦にてここで観戦することに。そしてこのユニフォームを見るのは最後になるのだろう。
3月の屋外。気温は2月並みのよう。いやぁ、それにしても寒かった。

梵も寒そうだ。

ちなみに両チームあわせて得点はこの梵のタイムリーのみ。先発篠田も決してピリッとしてなかったし、相手投手も同様で、投手戦というより貧打戦という感じ。赤松と梵がいい感じかなと思ってたらチャンスにポップフライを打ってしまい去年のことを思い出した。ポップフライのことはこのユニフォームとこの球場に置いたまま、新しい球場へ行こう。

さて、嶋はいまだノーヒット、一抹、いや大変に不安があるが、片やシーボルは元気そうだ。



最初のころは「いつ点が入るのか」なんて思ってたが、ここに来てオープン戦とはいえ5連勝。

いよいよ今年は新球場になるのだが、自由席は内野2階席のみとなり、ふらりと気軽に行けるという感じがなくなってしまうのは残念。まぁそれはそれとして行くんだろうけど。

そして来週はほんとに最後の市民球場です。

==今年も鯉の話題は別館ブログ「鯉が優勝するまで続けるブログ」で開催予定です。==  

Posted by tana at 14:03Comments(4)TrackBack(1)2009年の鯉

2009年03月09日

産まれて1ヶ月半~頭がでかい雛人形~

先週は初節句。うずらの卵がなかったので頭のでかい食用雛人形をつくる。作ったときはなんとも思わなかったがこうやって写真で改めて見るととても怪しい。そしてよく見れば見るほどその怪しさは増強されていく。

カレンダーを数えると無事、産まれて1ヵ月半が経過したようだ。
随分と大きくなって顔もしっかりしてきたように思う。
そして私は4月から再び広島市内へ行くことになり、これから引越しなどいろいろあるのだが、先週末から鼻が詰まって喉が痛い。
こりゃ、三十数年生きてきてついに花粉症になったか?
・・・なんて思ったが、これは先日寝ている間に妻と娘に掛け布団と毛布を奪われたのが原因だろう。娘はあんな小さな体でまったく小悪魔だ。そして小悪魔らしくよく泣く。最近「寝くじ」を覚えたのか寝る前によく泣く。
小悪魔はギャン泣きするときは、いきなりでかい声で泣き出したり、その泣き声もだんだんとしっかりしてきて人間の声のようだ。まぁ人間なんだけど。

最近こそ長く寝るようになったものの、やはり夜も1~2回は泣いて起こされる。
私は仕事で昼間寝れないからと、妻は娘が夜中ギャン泣きする前に(つまり私が起きてしまう前に)、娘をあやしたり添い乳したりしてくれるようだ。まぁ眠いときは何があろうと寝られるので実際起きて確認したわけではないが妻の話によるとそのようである。さすがは私の妻である。でも掛け布団と毛布は奪っていく。

というわけで多分私は風邪なのであり、先日来より葛根湯を飲んでいる。葛根湯は食前に飲むといいらしい。でも忘れることが多く1.5日に1回くらいの割合で飲んでいる状態である。これじゃあ治るものも治らないだろう。加えて今日の夜も、普通に食事してて葛根湯飲むの忘れたことに気づいた。
そんな話をしていると妻に「食間でもいいみたいよ」といわれ、じゃあ半分くらい食べ終わった今がちょうどいいか・・・と飲もうとすると、慌てて止められた。
どうも、食間とは「食事と食事の間でだいたい食後2時間くらい」というらしい。知らんかった。
まったく理不尽だ。

この前の日曜日、緑井天満屋に授乳室があったので体重を量ると5kg近くになっていた。
おむつも新生児用からSサイズになった。
機嫌のいいときは手足をバタバタさせながらとびきりの笑顔をみせてくれる。あーとかうーとかやーとかはーとか色々しゃべりだす。しゃべる練習をし始めたのか?
日々、いろいろと大変で、産まれたときのことが遠い昔のようだが、この笑顔を見るとなんともいとおしい気持ちになる。まぁ泣き顔にも最近慣れてきて泣き顔を見ても心が和むようになったかな。